最後のメッセージと個人学習プロジェクトの最終報告


あ、最後の学期終わりましたね。これは...夢ですか?私は荻内先生と一緒にの記憶が最高でした。それは夢ながら、私は絶対に起きたくない。でも残念ながらいい夢は終わりがあります。いつも先生の水曜日のオフイスアワーに行って楽しいティータイムと面白い物語を話しました。いつもそのことがあって私の心は「ぴょんぴょん」と幸せになりました。私はHoyoverse@Purdueの仲間達と荻内先生が本当に大好きな人たちですね。メリーランドは遠いけど私達の記憶が絶対に消えないよね。そして荻内先生、私の辛かったの中「助けてくれた」の手はいつも温かくて私はちゃんと本物の笑顔ができる。少しだけでも、ありがとうございました。


           この歌を聞くの時懐かしさ記憶を思い出した。




        競馬

                                ローラ・チェン

馬は日本の歴史にとても大切なやくわりをはなしてきた。例えば戦争でサムライは馬に乗って、流鏑馬をして、農業ではのうさくぶつをはこんで、そして、ざいりょくとけんいの象徴でもある。その中でも今日は日本の競馬を説明する。

競馬の歴史を調べるのはちょっと困った。たくさんの新しい情報があって頭が痛かった。競馬は1861年に横浜に住んでいたイギリス人によって日本人に紹介された。でもあのころの情報が少ない。最初から色んな規則がを作った。でも第二次世界大戦のせいで競馬が止められた。9年後の1954年にJRAが生まれた。そして1981年にJRAの始めた最初のG1 レース「ジャパンカップ」 が生まれた。ジャパンカップといえば、最近のことだが、2025年11月 30日にレースの始まりに、競争馬のアドマイヤテラが自分の騎手をふりおとした。でもレースでずっと走り続けて、1着を取った。 でも残念ながらアドマイヤテラはしっかくになった。そしたら本当に勝った競争馬はフランスからのカランダガンになった。今まで分かったことは最近日本の競馬の人気が高くなったことだ。 たくさんの人が競馬が好きな理由はギャンブルの目的だ。でも他のメディアのすがたでは、人々によって好きなものが違う。例えば、古いアニメ 「緑のマキバオー」はタマモクロスをモデルにしている。そしてたくさんの商品がある。もちろん, 人気のゲームフランチャイズ「ウマ娘」は世界に広がった。
レースは競争馬の生活の目的である。つまり「走るために生まれできた。」日本には4大馬場がある。その場所は東京と中山、京都、 阪神だ。そしてたくさんのライバル物語がある。例えばテエムオペラオーとメイショウドトウだ。 二頭は一緒にレースで走った。でもテエムオペラオーがほとんどのレースで勝った。そして一年の間ずっとテエムオペラオーが不敗の競争馬になった。

G3 レースは最もランクの低いが栄誉あるグレードレースだ。このレースため緑のゼッケンをつける。 デビュー後の競走馬にとって、、これは競馬を始めたてのグレードレースだ。

G2 レースは次のレベルのグレ-ドレースだ。 G2レースもデビューの後の競馬を始めた馬のグレードレースになる。でも違うことはもっと高い賞金がある。

G1 レースは一番栄誉あるのグレードレースです。競馬は青いゼッケンをつける。一番長いJRAレースは3400mの「春の天皇賞」だ。このレースは「葦毛の馬は速く走ることができない」というジンクスがあったが、タマモクロスはそれをやぶった。そして有馬記念はすごく有名で、競馬の一年で最後のレースだ。競争馬達は性別(せいべつ)と3つの特定(とくてい)のレースで勝てば、特別な称号(しょうごう)を手に入れる。このレースの目的は馬のスピードと体力、きょりへの対応力を試(ため)すことだ。もしオス馬が左皐月賞(2000m)、日本ダービー (2400m)、菊花賞 (3000m)を勝ったら「三冠馬(triple crown winner)」の称号を得(え)る。そして牝馬(ひんば)が桜花賞(1600m)、オークス(2400m)、 秋華賞(2000m)を勝ったら 「牝馬(triple tiara winner)」になる。

ここからは特別な競争馬を紹介したい。その馬の名前は「アストンマーチャン」だ。マーチャンのウマ娘のカウンタパートも学びたい。

前半のことは思ったより難しかった。でもたくさんの新しい情報を学べたのは良かった。後半の気持ちはワクワクと悲しさを感じる。それはアストンマーチャンの物語は悲しくて、次の発表は日本語の授業の最後だからだ。
次に私が特に好きな牝馬「アストンマーチャン」についてだ。2004年3月5日にアストンマーチャンは北海道の社台牧場で生まれた。マーチャンは短距離競走レースでよく出来た。さらに有名な牝の競馬ウオッカとダイワスカーレットと一緒にレースをした。マーチャンの大勝利は2006年のファンタジーステークスと2007年のスプリンターステークスだ。でも痛ましいことに、2008年4月21日にアストンマーチャンは亡くなった。原因は大腸炎エクスだ。そしてたくさんの人はマーチャンの記憶少しずつ忘れてしまった。「ウマ娘」の開発中の時、マーチャンのオーナー、とさまゆみはさんには願いがあった。それはアストンマーチャンがウマ娘になれば、アストンマーチャンのことを誰にも忘れないようになるだろうということだった。

ウマ娘のマーちゃんは、走りが有能で、夢は世界のマスコットになることだった。いつも可愛いアストンマーチャンのぬいぐるみを持って来て、他のウマ娘にあげて、カメラがあれば入って行ってフォトボムをする。私がアストンマーチャンを選んだ理由は、他の好きな競馬:キタサンブラック、タマモクロス、ステイゴールドはもう説明したし、マーチャンの気持ちが私には凄く分かるからだ。キャラクターストーリでは、マーチャンの友達は色々な小さな動物だ。
第三話で小さな鳥が亡くなって、マーチャンは鳥の体を土に埋めてあげた。その場面の忘れない言葉は「本当に悲しいのは、忘れられることです」だ。私の一番の心配は好きな人が私と一緒に過ごした時間を忘れてしまうことだ。その気持ちは凄く辛い。本物のアストンマーチャンは皆に忘れられてしまいそうだった。だからウマ娘としてのマーチャンはいつも「覚えていてね」と言っっている。

 私はもすぐ卒業する。でも私は今、凄く悲しくて怖く感じる。私はたくさんの楽しい思い出を作りたいけど...私がいなくなったらどうなるのかなぁ?




                                                                    マーチャンの歌









Comments

  1. 競馬やアストンマーチャンの興味深い研究を共有してくれてありがとうございます!私の中で、ローラさんと言えば、ウマ娘。ウマ娘と言えば、ローラさんです。これからウマ娘を見るたびにローラさんのことを思い出しますね。
    私への優しい言葉もありがとうございます!一緒にいろいろな話をしましたね。ローラさんは私がローラさんを助けたと言ってくれますが、ローラさんもたくさん私を助けてくれましたよ。本当にありがとうございます!どれだけ遠く離れても、時間が経っても楽しい記憶は残り続けますよね。4学期間本当にありがとうございました!そして、これからもどうぞよろしくお願いします!

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